細田監督の自分語り





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“ “僕はくんちゃん!4歳の男の子!この映画の主人公なんだ!
今までお父さんお母さんから愛情ってやつを一身に享受してたんだけど、ミライちゃんって赤ちゃんが産まれてから誰も僕に構ってくれないんだ。ほんとムカつく。
だから、あの手この手で嫌がらせして、僕の事を見てもらうんだ!え?具体的に何をやったかって?
えっとねー。お婆ちゃんが来るから部屋を片付けろと言われても散らかしてみたりー、家族みんなで出かける時に黄色のパンツじゃなきゃ行きたくないと言って駄々をこねてみたりー、あと新幹線の模型でミライちゃんを殴ろうともしたかな。へへ、アウトローでしょ?
その度に大人は理屈で僕を懲らしめようとしてくるんだ。部屋を片付けないとオモチャを捨てるよ!とか。パンツの色我慢しないと置いていくよ!とか。
そんな正論言われても、僕困っちゃうよ。だって僕は感情で動いているんだもん。
部屋を片付けたくないんだもん。でも、オモチャは捨てられたくないもん。
パンツの色は黄色が良いんだもん。でも、置いていかれるのは嫌なんだもん。
僕はただ、ミライちゃんのことしか頭にないお母さんお父さんに振り向いて欲しいだけだもん。だって僕は子供なんだから。
そうやって僕は子供だよー!ということを全力でアピールするんだけど、みんなミライちゃんミライちゃんで、誰も僕のこと見てくれないんだ。
だから、僕のことをはみ出し者にするミライちゃんの事なんか大嫌いなんだ!あんなやつ、妹でも家族でもないんだ!” ”

監督は細田守。
子供らしさを描いた作品は数あれど、ここまで幼児らしさを描いた作品は殆どないのでは?
この映画の最大の特徴は、4歳の男の子の視点でストーリーが進むこと。しかも、幼児の内面や精神的成長をかなり掘り下げて描こうとしている。
その結果、この映画で特に目立つのは主人公の癇癪描写であり、理屈など関係なく、ただただ自分の感情を押し付けようとする幼児らしい無邪気な身勝手さを、かなりしつこく見せてくるわけだが、見ていて結構イライラする。
割と子供が好きな俺でもそう感じるくらいなので、子供が嫌いな人にとっては、この映画が嫌いになるレベルで不快感が溜まってもおかしくない。
イライラの感情が生まれるのも幼児のリアリティを突き詰めているからこそではあるが、この映画を見て幼児の精神性をコンセプトにした作品が殆ど存在しない理由がよく分かった。明らかにエンターテイメントに向いてるとは思えない。

しかし見方を変えれば、これほど幼児の純粋さを描けてるものもない。
守らなければならない社会のシステムも、面倒くさい人間関係も、自分を縛る無意味なプライドも、4歳のくんちゃんには存在しない。ルールや周りとの協調も関係ない。嫌な事は嫌だと言い、思い通りにいかなければ泣き叫び、でも楽しいことが起これば少し前の嫌な事なんてすぐ忘れ去る。
ただ自由に、思いのままに、身勝手に生きているくんちゃんの姿を、この映画はとてもダイナミックに描いている。
そんな自己中心的なくんちゃんにとって、妹という存在は親からの愛情を奪い取る邪魔者でしかなかったが、過去にタイムスリップして母親の子供時代や若かりしひいおじいちゃん達と出会って色んな事を知り、家族がどういうものか理解するようになる。

というストーリーだが、はっきり言って脚本は超絶ショボい。そもそも物語の筋自体が無きに等しい構成だが、僅かに存在するストーリーですらちゃんと筋立てが出来ていないという酷さ。
タイトル詐欺かと思うほどミライちゃんの見せ方が浅く、くんちゃんとの絆もない。また殆どのシーンがバラバラに散らばっていてストーリーとして連続しておらず、ただ監督が見せたいシーンを繋ぎ合わせているようにしか感じない。
脚本家がシナリオを作っていたオオカミ子供まではストーリーの完成度は高かったが、細田守監督が単独でシナリオを書くようになったバケモノの子から明らかに質が落ちている。細田監督自身にシナリオを書く力があるのか疑問だと言わざるを得ない。

でも、この映画の想いはしっかり伝って来るんだよな。
それはひとえに、くんちゃんをちゃんと人間として描けているから。自分の事しか考えられなかったくんちゃんが、妹を守るべき家族であると自覚する。そんなくんちゃんの成長が、ちゃんと伝わってくる。
確かにこの映画のストーリーはショボい。面白いか面白くないかで言ったら面白くない。でも、リアリティがある。
不器用だし、押し付けがましいが、これを伝えたいんだという情熱みたいなものをヒシヒシと感じた。

この映画の大きな欠点として、くんちゃん以外の家族が上手く描けてないことが挙げられる。
今があって、過去があって、そして未来に繋がっている。僕らはずっと家族なんだ、というのがテーマにあるが、そこの見せ方がかなり弱い。
主人公だけやたらとしつこく掘り下げているくせに、それ以外はサッパリなんだよな。ひいおじいちゃんとお母さんをちょっと印象的に見せてるくらいか。間違いなくこの映画の主眼は家族にあるはずなのだが、くんちゃん以外の家族は蔑ろにされている。
だから、家族の物語というよりは、くんちゃんの物語、という印象しか残らない。これがこの映画の最大の欠点。
じゃあ何故、家族の話なのに個人主観の強い作りになっているのか、という疑問が生まれる。わざわざテーマを薄めてまでこんな構成にする必要がどこにあるのか。
推測だけど、多分、くんちゃんに監督が自身を投影してるんだろうな。
創作で自身のエゴを貫きたい身勝手さ。育ててくれた恩人の存在。守らなければならない家族。父として、クリエイターとしての未来。描写が厚かった部分と符合する点が多すぎる。
この映画は、くんちゃんを通して細田守自身を表現したものでもあるのだろう。これは狙ってやってるのではなく、作品に自身を反映しすぎて思いがけず行き過ぎてしまったんだろうな。
それは自分語りに過ぎないが、紛れも無い情熱でもあり、この映画に推進力を生んでいるのは間違いない。そしてその情熱を伝えるだけの演出力がこの映画にはある。だから俺は結構響いたよ。

既にかなり酷評されてるけど、まぁ概ね言われている通り。ストーリーは壊滅的に酷いし、かと言ってバケモノの子みたいに純粋な楽しさが詰め込まれているわけでもない。更に子供嫌いだと受け付け難い要素が満載。
無難に楽しめるものが好まれる今の時代に、しかも夏の目玉として期待されている中で、こんなストライクゾーンの狭い極めて個人的な作品を大作として作っちゃうんだから細田守とこれを認めた東宝は凄いね。
でもやっぱり、普通のものを作るんじゃなく、自分の持っている世界観を見せることが出来るってのはそれだけで才能だし、魅力的だよ。