ファントム



image


PS4、PS3、XboxOne、Xbox360のアクションゲーム。開発はコジマプロダクション。

オープンワールドを採用したメタルギア。
入り口とゴールの2点で繋ぎ一本道的だった今までと違い、今作はそれぞれのエリアが地続きに繋がり、一つの世界として広がっている。
これによって入り口に至るまでの過程が生まれ、どこから潜入するか、どう潜入するか、と考える必要性が生まれた。大抵の場合その入り口も複数用意されており、開かれた集落とかだと360度全てが入り口だ。入り口によって当然攻略法は変わってくる。
逆にゴールは曖昧だ。目標の対象がどこにあるか明かされないミッションが多く、自分の手でそれを探す必要がある。
今までのMGSはステルスするにあたって抑えておくべきポイントというものがあり、カモフラージュの数値だったりレーダー化された敵の視覚だったりと、プレイの基準となる明確な目安が存在し、それを攻略の軸として戦略やアクションを考え、駆け引きを楽しめば良かった。
しかし今作は、ここさえ守っておけばクリアー出来ますよという目印が一切存在しない。ゲーム側から明確な手順や遊び方を示される事はなく、やり方は全てプレイヤー次第。あっさり目標を見つけてクリアーという事もあれば、延々と探し回る事もあり、プレイの仕方によって内容は様変わりする。
何が正解で何が間違いなのか教えてはくれず、クリアー目標も明かされないし、道筋も無限。全く手探り状態の中で思考と工夫を重ね、攻略の過程を全て自分の手で作り上げなければならない。
では、一体何を頼りにすれば良いのか。それは、自分の閃きと観察眼だ。

まず、フィールドがギミック満載だ。
見張り台でサーチライトを照らしている敵が邪魔だから排除しておこうとか、目的地まで距離があるから車に乗り込んで移動しようとか、監視カメラが鬱陶しいから電源を落としておこうとか、情報を得るために敵を脅迫してみようとか、こうやったら有利になるんじゃないかと自然に思わせる仕掛けが至る所に配置されているのが面白い。ゲーム側からこうしたら楽になるよと直接教えられることはないが、色々試しているうちにその効果を実感できるので率先して工夫を凝らしたくなる。
ガジェットもユニークだ。敵を欺くデコイ、電気ショックを放てる義手、スイッチ式の催眠ガス、サポートしてくれるバディなど、幅広い携行品があり、多種多様の戦略が取れるようになっている。ヘリコプターを援軍に呼んだり、戦車に乗り込んで攻めれたりと、スケールも大きい。
そしてやたらとネタが細かい。支給品を敵の頭に落とす事で気絶させられたり、ダンボールに女性のポスターを貼ると見惚れた敵が寄ってきたり、フルトンでコンテナを回収する際に上に乗る事で上空に上がれたり、特定の場面で特定の音楽を流すと何かしらの効果があったりと、プレイヤーの発想次第で新しい使い道がどんどん見つかる。小ネタどころか、それがちゃんと実用的でもあるのだからゲームとして奥が深い。
ただ考える事を要求してくるだけでなく、「このギミックをここで使ったらどうなるのだろう」「このガジェットをこのタイミングで使ったらどうなるのだろう」と好奇心を刺激され、そのプレイヤーのアイディアがちゃんと反応として返ってくるのだから堪らない。だからもっと工夫したり色々試そうという気になる。

とは言え、自由度が高いゲームはプレイヤーの遊び方次第とバランス調整を放り投げて作られている事が多く、工夫しても大して効果が感じられなかったり、戦略とか考えなくても行き当たりばったりに遊んでるだけでクリアー出来たりするので、結局いい加減に遊んでれば良いやという事になりがちだ。
この点が俺がオープンワールドのゲームにイマイチハマりきれない大きな要因なのだが、MGS5は違った。このゲームは、ちゃんと調整がされている。具体的に言うと、ある程度こうしたら楽になるよという動線が随所に仕込まれている。そしてそれは周囲の環境を観察したり、ガジェットやギミックを試したりと、自分で創意工夫を凝らして初めて発見できるようになっている。
だから自分の工夫がクリアーに結び付いているという実感や綺麗に戦略がハマる爽快感があると同時に、やらされている感がなく自分で答えを導き出しているという達成感もあるわけだ。この緻密に計算されたゲームバランスは素晴らしいとしか言いようがない。
要するに自由度の意味合いが違うのだ。大抵のオープンワールドの自由度はプレイヤー自身が思いのままに遊べるという意味での自由だ。
だが、このゲームの自由度とは、何も教えてあげないけどアプローチは豊富だからあなた自身が考えて答えを導き出してねという、どうすればゴールに到達できるかという一点に向かってプレイヤーがイチから過程を作り上げる事が出来るという意味での自由だ。
はっきり言うと、自由になんて遊べない。だって難しいから。過去作と違い、フィールドが広く敵を捕捉しにくいから麻酔銃も通用しにくい。適当に遊んでたら間違いなく詰む。このゲームはプレイヤーのやり方次第でどうとでも動いてくれるが、逆に全く頭を働かせないプレイヤーに対しては容赦なく切り捨てにかかっている。自由度はゲームの駆け引きとして昇華されているわけだ。
この自由度とゲームバランスの見事な調和にはとにかく感心する他ない。オープンワールドとは置かれた素材をプレイヤーが好きに使って戯れる遊び場のようなものであるが、このゲームはその裏に作り手の血が通っている。悪意や優しさと言った作り手の調整が加えられ、単なるシミュレーターではない、計算と駆け引きが詰め込まれた歯応えのあるオープンワールドに仕上がっていた。
これは他のオープンワールドゲームとは一線を画する特筆すべき点であり、そういう意味でMGS5は間違いなく凄いゲームだ。

ただし、中盤までという注釈が付いてしまうのだが。途中から同じようなシチュエーションに同じステージでのミッションが多くなるので結局ワンパターンになってくる。ボス戦はあまり面白くないし、ストーリーもぶつ切りなうえに演出が弱いので盛り上がりが弱い。ここら辺の弱点は良くあるオープンワールドと同じ。
また、散々上で、プレイヤーに思考を求めそれに応えてくれる自由度とゲームバランスの両立が図られたオープンワールドを褒めたが、実を言うと途中から工夫も思考も必要なくなる。バディのスナイパーがメチャクチャ強いからだ。マーカー付けた敵をバンバンスナイプして数を減らしてくれる上に、敵の視線も稼いでくれる。正直こいつがいればプレイヤーは何も考える必要がない。こいつの有用性に気付いてからは一気にゴリ押しゲーになった。
ただ、これはいつもの救済措置なんだろうなと思う。今までは麻酔銃がその立ち位置にいたが、今作は使い勝手が悪くなったから代わりを用意したのだろう。
MGSは基本的にイマイチ使い道の分からないガジェットを押し付けがましく使わせるのではなく自分で使い道を考えてねと、プレイヤーに発想を委ねるタイプのステルスでハードルが高いからね。特に今作はその方向性が推し進められて顕著だから救済措置も強力にしたのかな。
難しくなれば当然クリアー出来る人の比率は下がってしまうわけで、何よりもストーリーを一番に重視しているMGSにとってそれは避けねばならない問題だ。
その救済措置が行き過ぎてゲームバランスが壊れているキライはあるが、ゲーム性を犠牲にしてでも、ストーリーを見て欲しいという事なのだろう。
ちなみに、俺は面倒くさがりなので終盤はバディに頼りっぱなしだった。楽だがつまらない道を選ぶか、苦労するがやりがいのある道を選ぶか、MGSをプレイするといつもこの岐路に立たされるが、毎回俺は前者を選んでしまう。ある程度自分で縛りプレイしないと歯応えのあるステルスを楽しめないのはMGSの伝統みたいなものだ。
しかし、誰でも遊べてストーリーを見る事が出来る懐の広さがあるからこそ、MGSは今日でも多くのユーザーから支持される人気シリーズになり得たのだろうなと思う。

で、そのストーリーはどうだったのかと言うと、問題作だった。だけど、斜め上というか、強引というか、突っ込みどころがありすぎるというか、思い切ったストーリーではあるので、ありきたりに作られた無難な話よりは目を引く場面が多くて全然良い。良く出来てるかどうかは別にして、面白味はある。
特に主人公陣営のキャラがどいつもこいつも堕落しきってるのは面白かった。拷問の場面とか生き生きとしていて笑える。主人公側だからといって、オブラートに包む事なく、ひたすら醜く黒く描かれているのはとても人間味に溢れていて良かった。

しかし、まさかあの人まであんな描き方するとは・・・
ここからネタバレするので注意して欲しいが、ビッグボスだと思われた主人公は実は部下が整形した只の影武者だった、という割と衝撃的な事実が最後に明かされる。まぁ最初の段階で叙述トリックなのは丸分かりなのだけど。
本物のビッグボスはと言うと、周囲の目から逃れる為にスケープゴートを置いてトンズラ。お前は俺で、二人でビッグボスだ、とか何とか台詞を決めているが、当の本人は自分の都合で勝手に部下をビッグボスに仕立て上げて逃げ回っているだけなのでカッコ悪いとしか言いようがない。
もう本当に、今までのビッグボスは何だったんだと思う。MGS3の最後の敬礼シーンで感動してしまった自分が恥ずかしい。ザ・ボスの「蛇は二人もいらない」というメッセージとか全無視かよw
まぁこれはビッグボスの暗さを描いてると言えるのかも知れないが、流石にスネークに関してはある程度のヒーロー像を守って欲しかった。やってる事がダサすぎてヒールですらない。只の卑怯な臆病者。このひっくり返し方はちょっとないな。
しかし小島監督にしてみれば、とにかく主人公がプレイヤー自身であるという事をやりたかったんだとは思う。オープンワールドの一番の特性はプレイヤー自身がその世界に入り込んでいるという感覚を生み出す臨場感にあり、実際本作もプレイヤー自身が極めて能動的に動く必要があるゲームなので主人公との一体感は強い。
ストーリーもムービーはかなり抑え目で押し付けがましいメッセージ性は薄く、プレイヤーの感じ方次第という見せ方をしている。
プレイヤー主観の強い本作ならではの仕掛けではあるが、しかしそれありきになり過ぎてるよなぁ。その仕掛けの為だけに今まで積み上げたものをぶち壊してしまうとは。

テーマは復讐であるが、これも弱い。前作のピースウォーカーで作り上げたマザーベースと仲間が破壊されてその復讐をぶつける、という内容だが、ピースウォーカーとか何年も前に出たゲームだし、PSPからPS4に対応ハードが変わって雰囲気も大分変わってるしで、感情移入しにくい。
加えて今作はスネークがあまり感情を表に出さず、演出も控え目なので、復讐のメッセージ性が熱を持って伝わって来ない。主人公=プレイヤーとしているゲームだし、ユーザーの感じ方次第としているやり方は決して悪くないが、それはプレイしているうちに自然と感情移入させることが出来て初めて効果があるのであって、今回に関しては失敗してるとしか言いようがない。
いやね、惜しい所はあるんだけどね。マザーベースが壊されたから新しく作り直す事になり、ピースウォーカーではハードスペックの問題もあって一枚絵で表現されているだけだったが、今作はマザーベースの中を直に歩き回り、仲間の隊員達と軽く触れ合う事が出来る。めちゃくちゃ広いし、隊員が増える事でどんどん大きくなっていく。これによって自分がマザーベースのボスであり、それを作り上げているんだという実感を強く得る事が出来た。
だからこそ、終盤に疫病の感染を防ぐために仲間を自分自身の手で皆殺しにしなければならないシーンは迫ってくるものがあった。
しかし、ここでようやく感情移入出来たのに復讐の対象となる相手はもう死んでるというね。結局どこにも怒りをぶつける事が出来ず、消化不良のままに終わった。

良くも悪くもオープンワールドに振り回されたメタルギアだった。ゲームとしては抜群のポテンシャルを持っているが、結局オープンワールドを持て余し気味で途中から単調になってるし、ストーリーも盛り上がらない。ムービーゲーで一本道だったMGS4の方がよっぽど小島監督の熱量は感じられたな。
今作も小島監督らしい仕掛けは随所に見られるが、いつもと違ってあっさりとしかストーリーが語られないので、「ふーん・・・ビッグボス屑野郎だね」という気持ちしか残らない。
ムービーと演出を多用して「俺のセンスを見てくれ!」と力技でナルシズムに溢れたストーリーを押しつけてくるあの勢いこそがMGSの魅力だったんだな、と5をプレイして再認識した。

そういう意味で今作は物足りなかった。ストーリーも作りかけだし。
1章がやたらと長くて一体どんだけボリュームあるんだと思ったら2章はあっさり終わりそのままエンディングが流れた。章仕立てなのに2章で終わりって明らさまに打ち切りの臭いがするが、実際かなり中途半端な感じでゲームは終わる。
まあ明らかに最初の目標が大きすぎたね。全部を語ろうとしたら1章のボリュームで4章分位作らないといけない気がする。
そりゃ時間をかければかけるほど拘ることは出来るが、ビジネスなのだからどこかで区切りは付けないといけない。1章のボリュームは確かに凄まじいがそのペースで作ってたら時間と金が問題になるのは目に見えてたはずだ。監督と会社が揉めてたから、DLCや次の新作で話を分割するというやり方は出来なかったのかもしれないが、この竜頭蛇尾な仕上がりは残念でならない。

それにしても「悪に堕ちる。復讐のために」というキャッチコピーは何だったんだろな。このテーマに惹かれていた身としてはガッカリ極まりない内容だった。
最後の場面を見るに、主人公は自分をファントムとして仕立て上げたビッグボスに対しても復讐の心が芽生えてそうで、ここで本当の意味で鬼に堕ちているような気がしてならないのだが、そこら辺の過程はバッサリ切られている。これで一つ話作れるよなー。作ってくんねーかなー。
しかしシリーズの開発元である小島プロダクションは解体され、ボスの小島監督も遠からずコナミを退社するだろう。コナミは今後もシリーズを続けると言っているが、小島監督の個性=MGSだったことを考えれば、MGSのアイデンティティはもうこれで完全に途絶えてしまうんだろうな。
残されたサーガは、もはやファントムでしかない。