只ならぬ進化



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PS4のアクションゲーム。開発はメディアモレキュール。

ゲームにおけるユーザーというのは、その世界を裏で操り主人公の都合の良い展開に導く神様のような存在だ。テラウェイの最大の特徴は、そのゲームとプレイヤーの関係性そのものをゲーム化しているところで、前作は、VITAの機能をふんだんに使って実に上手くその点を強調していた。
例えば、画面タッチで丸まった紙を広げて橋を作ったり、ジャイロで重力を操ってキャラを移動させたり、息を吹きかけて風を起こしたり、自分が作ったデザインの雲や雪がそのまま形となってゲーム中に現れたりと、プレイヤーに直接ゲームの世界を触らせ、自分自身が世界を動かしている神様であるという気にさせていた。
更に、カメラやマイクや背面タッチを使って、プレイヤー自身がそのままゲームの世界に登場。
太陽の枠に割って入り、地上を見降ろしている自分の顔。峠に響く自分の声。地面をぶち破って現れる自分の指。小っ恥ずかしさもあるが、ゲームの世界に介入しているという現実感がある。また、自分の手の中に世界があるという携帯機独特の距離感が、その雰囲気作りに大いに役立っていた。
VITAのゲームは据え置き向けの内容を無理矢理携帯機に合わせてリサイズしたものが多いが、テラウェイはVITAの機能を活かした、VITAだからこそ出来る数少ないオリジナル性の高いゲームだった。

で、今作。まずもってタイトルがまどろっこしく、新作なのか前作のリメイクなのか分かりにくい。
どっちなんだろなー、ただの作り直しだったら嫌だけど、オリジナル版の開発元が直々に作ってるって事はかなり気合が入ってるはずだよなー、でもVITAに特化したゲームだからPS4で出されてもなぁ、と悩みつつも買う。
買う前にグダグダ考えていた事は杞憂だった。全てが一新された完全新作だった。そして、前作よりも更に方向性が強化された快作だった。

今作もコンセプトはそのまま。デュアルショック4のジャイロ、タッチ、マイクや、俺は使用してないがプレイステーションアプリの機能など、PS4のありとあらゆる機能を使って、プレイヤー=神様であるという方程式を見せてくる。
中でも据え置き機の特性を活かしているのが上手い。ライトバーで世界を照らしたり、コントローラの中にオブジェクトが詰まっているという体で物を射出出来たりするのだが、これはプレイヤーがコントローラーを握ってモニター越しに世界を見ているという据え置き機特有の距離感を的確に表しており、前作の手の平の中に世界があるという携帯機特有の感覚とはまた違った、新たな神の視点を作り出している。
PS4のコントローラやボタンなどのパーツを神の機械として登場させているのも面白い。敵側が作った擬似コントローラと、神様(自分)のコントローラによる、天変地異合戦の場面はとても面白かった。
そして、前作と最も大きくコンセプトの捉え方が違うのがストーリー。前回も神様神様とプレイヤーの存在を持ち上げてはくれたが、所詮はメタの領域を超えていなかったのに対し、
今作は、ゲームの世界とプレイヤーの世界があり、プレイヤーがいて、その手で動かされるゲームの主人公がいる、という、ゲームとユーザーの当たり前の関係性を、メタの域を超えて具体的に踏み込み、見事に物語として落とし込んでいる。特に最後の展開は見事だった。
仕掛けや設定としてだけでなく、物語レベルでコンセプトを溶け込ませ、全てに統一性を持たせているのは素晴らしい。プレイヤーが神様であるというのは単なるシステムによるものではなく、それはその世界における必然性なのだ。だから、神様としての立場に臨場感があり、熱量を持ってゲームの世界に入り込む事が出来る。自分はこの世界における神様だと成り切る事が出来る。

大して売れなかったゲームなのに良く新作を作れたものだと思ったが、これは無理してでも企画を通したかったのだろうなと思う。テラウェイのアイディアを使って本当にやりたかった事はこれなのだろう。
ゲームとユーザーの関係性についてここまで大胆に掘り下げているだけでも斬新だが、それだけに留まらず、機能的にコンセプトを表現し、そしてそのテーマを情緒的に物語に落とし込んでいる。素晴らしい出来だ。
VITAテラウェイの焼き直しだと思ってスルーしてる人は本当に損なのでとりあえず買うべし。VITAのテラウェイ買ってPS4持ってて焼き直しだと思ってる人が国内に何人いるのか知らないけど。